けものフレンズに支えられる適応障害の大学生のブログ

休学して、留年した大学生が綴るうつ病(本当は適応障害だった)の備忘録、自分の趣味について掘り下げて書いて自己満足するブログ。お金を稼ごうとか気持ちはないので、日記感覚で。

第101回インディ500

Q アジア人として初めて世界三大レースのひとつであるインディ500を2017年に優勝したドライバーは誰でしょう?

 

A 佐藤琢磨(さとうたくま)

 

参考:スラッシュはインディ5/00です。世界三大レースで確定しそうですが、ル・マンで日本人ドライバーが勝っているので確定しませんが、ほぼ確定です。

 

ご存知の方も多いとは思いますが、昨日ブログでも少しだけではありますが触れました、世界三大レースのひとつであるインディ500でアジア人として初、佐藤琢磨選手が優勝を果たしました!

 

なお、F1のモナコGPではFerrari勢が2001年以来のワンツーフィニッシュを果たしました。Ferrariモナコで勝利するのは16年ぶりだなんて信じられないんですが、今年のFerrariの安定感と強さが本物と証明した気がしますね。

 

さて、本題に戻って、インディ500です。僕はさすがに全部見ることは最初から諦めて、25時ころからレーススタートなのですが、28時頃からの終盤戦から見ることにし、寝ました。そして起きてみると、なんかすごいことになってるし!

 

今年モナコGPを諦め、インディ500への挑戦を決めたフェルナンド・アロンソ佐藤琢磨選手が大健闘していて、「もしかしたら」とは思い、残り50周/200周頃から見始めました。

 

今年のインディ500はイエローが沢山出ました、つまり事故が多発しました。そのうち非常に危険な事故も発生しましたが、幸運にも重傷者は誰もいませんでした。

 

なお、イエローが出ると、全車は減速し、車の追い越しは禁止となります。

 

インディ500の終盤戦はピットインのタイミングも重要です。残り2周などで燃料がなくなってしまい、優勝を逃してしまうことだってあるんです。基本タイヤは大丈夫なので、燃費との闘いとなります。

 

しかし、今年は、絶好のタイミングでイエロー、つまり事故(軽微な事故ではありましたが)があり、ほぼ全ての車がそのタイミングでピットインして給油をしたため、燃費を気にする必要のない、スプリントレースとなりました。

 

後は、戦略です。インディ500で車を抜くことは比較的容易と言ったら失礼なのかもしれませんが、前の車のすぐ後ろに車を寄せ、空気抵抗を減らして自車の時速を上げ(これをスリップストリームといいます)、その時速を維持しながら前の車を抜きます。

 

しかし、容易にできるということは自分もできるなら相手もできるのです。だからインディ500ではトップの独走などということはあまりありません。

 

残り何周でトップにたって、逃げ切るかなどと頭を巡らせるわけです。

 

しかしながら、アロンソ選手の車はエンジンがブローを起こしてしまいました。つまり優勝戦線から離脱というわけです。

 

後は佐藤琢磨選手です。残り10周程度で絶好のポジション(確か3位だったかな)にたちます。

 

そして、オーバーテイクを繰り返し、残り5周でトップに立ちます。

後は逃げ切るだけです。これが難しい。

しかし逃げ切りました。そして栄光の優勝をもぎ取りました。

 

そして佐藤琢磨選手は優勝者が飲む牛乳を飲み、頭からかぶりました。あの光景は本当に見てて涙が出そうになりました。僕も牛乳が飲めたら一緒に飲んでますよ

(アレルギーのため、飲んだら僕は死にます)

 

実は佐藤琢磨選手は2012年のインディ500でも今回のように199周目/200周までトップ争いをしていたのですが、最終周の200周目にオーバーテイクを試み、スピンをしてしまい、優勝を逃していました。それだけに、今回の優勝は本当に嬉しいものがあったと思います。

 

このインディ500に優勝するということは世界的に見れば本当に大きな事なのですが、自動車大国とか呼ばれている日本のくせにあまり話題にすらのぼりません。なぜでしょうね?個人的には「モータースポーツなんてスポーツじゃない」とかエコ志向の昨今で「燃料の無駄遣い」などという意見が多いのかな?と思います。

 

他国ではインディ500の優勝者が決定すればすぐ速報が出るのに日本ではミサイルボカーンが速報になってしまいましたね(しゃあないけど)

 

さて、最後に佐藤琢磨選手について

 

佐藤琢磨選手は2000年代前半にF1ドライバーとして活躍していました、この時期はミハエル・シューマッハFerrariの黄金時代でF1の中継も盛んでしたから、佐藤琢磨選手をここで知った方も多いと思います。僕もそうでした。

 

2004年、佐藤琢磨選手はF1で唯一の表彰台に立ちました。この年はFerrariの車が最強だったのですが、その次は佐藤琢磨選手の所属するBARホンダだったので、見事に期待に応えた形となりました。なお、その表彰台に立ったのが、今日インディ500優勝を決めたアメリカモーターレーシングの聖地とも呼ばれるインディアナポリスだったのです。

 

何か縁というか、佐藤琢磨選手とインディアナポリスは相性がいいのかもしれませんね。

 

この後、ル・マン24時間耐久レースについて書きたかったのですが、今日はまとまったのでここまでです。

 

佐藤選手

本当にありがとう!

本当におめでとうございます!!!

 

日本でモータースポーツがまた復活することを望みながら