適応障害から復活した大学生のブログ

休学して、留年した大学生が綴るうつ病(本当は適応障害だった)の備忘録、自分の趣味について掘り下げて書いて自己満足するブログ。お金を稼ごうとか気持ちはないので、日記感覚で。

北海道地震停電体験録Day1

9月6日 午前3時8分

 

実家に帰省中で、北海道の道東でのんびり寝ていた。

昼寝は毎日していたが、精神薬が効いているのか、夜でもバッチリ寝れる。

 

でも地震で目を覚ました。

 

僕の居住地は震度3であったため、緊急地震速報は流れないし、そもそも普段住んでいるつくば市もよく地震があるので、「そんなに大きくはないな」とは感じたが、

なんだろう、ここが最大震度じゃなくて他の場所でものすごい大きな地震が起きているんじゃないかって直感で感じた。なんか揺れ方でそう察したし、大体震度3程度の揺れだったら必ずヤフーのトップで最大震度がどれくらいの地震なのかを確認はする。

 

そしたら、最大震度 6強の地震だった。布団の中で驚きを隠せなかった。

上を見ると、普段付けているオレンジの豆電球が消えていた。ということは停電しているということだ。

 

「まぁ地震の後だし、数時間で復旧するだろうからとりあえず寝ようか」

というわけで寝ることにした。

 

朝起きた。母親に起こされ、未だに停電が続いてることを知った。

正直「なんで帰省中に遭遇しちゃうかね」って感じた。

 

すぐにiPhoneを低電力モードにして、朝ごはんを食べて、寝ることにした。

だって、やることがないから。

 

そしたらお昼に父親が帰ってきた

「停電が一週間続くかもしれない」

正直ゾッとした。もしかしたら帰れないんじゃないかとも感じた。

 

でもどうやら帰りの飛行場は動いてるみたいだし、新千歳空港行きは止まっていたが、羽田空港行きは動いてるそうだ。

 

自分は、羽田空港と自分の最寄りの空港を往復する便が「羽田空港で往復分の燃料を入れて」羽田からこっちに来て、そのまま止まることなく、羽田へお客様を搭乗させて帰る」

というのを知っていたので、羽田が死んでいなければ飛行機は動くだろうなと感じていた。

 

ただ、停電が一週間続くというのはゾッとした。そもそも飛行場までガソリンとかが足りるのか?

 

こういう災害が起きた時、流石に日本、暴動とかが起きないのはまだいいとしても

実際問題「買い占め」という問題は発生する。

 

うちの近くのコンビニでもものすごい買い占めがあったらしく、早朝に父親が何となくコンビニに行ったら両手にカゴを持った人がとにかく片っ端からパンとかをカゴに入れていたのだそう。

なんか父親が手を伸ばしたパンにも手を出そうとしていたが、それはうちの父親が買ったらしい。詳しくは知らないが。

 

ガソリンもそうだった、最寄りのガソリンスタンドは当たり前のようにすっからかん、他のガソリンスタンドも並ぶ並ぶ。結局「そういう人」というのは出てくるものだ。

 

ところで、昼に60kmも先の職場から父親が帰ってきた。理由を聞くと

「職場の発電機でうちのご飯炊こうと思って」

 

なんて職権乱用なんだ!!!

 

と、思ったが、緊急事態だし、もう父親は米を研いでいたので、とりあえずそう突っ込むだけ突っ込んでおいた。

 

6合。普段ではありえない量の米を用意して、炊飯器に入れて、車に積み込んで。

「あっ、俺も行くわ」

 

ついていくことにした。実際あんまり帰ってこれなかったし、せっかくだから今どんな仕事しているのかも気になったから行くことにした。

 

まぁ、実際のところ、父親の車には100V100Wのコンセントがあった。当然ガソリンで電気が発生してるわけだから、使える。

 

バイスオタクの自分からすると、まさにオアシス。早速USB端子が6本ついた急速充電器を結んで、

 

iPhone

iPad

オーディオ機器

 

を充電した。そこで、NHKのニュースなどで胆振地方ではとんでもないことが起きてることを知ったし、そのときはまだ厚真市の震度が発表されていなかったがあの映像を見た時確実に震度7だろうなと確信した。それは後に的中していた。

 

それで、父親の職場、炊飯器を発電機のところに置いて、炊いている。面白いけど、まぁ緊急事態だから。

 

数時間後、炊けたし、仕事も終わったそうなので、帰ることに。その時もう16時

日がもう落ち始め、なにか不安な気持ちになってきた。

 

真っ暗な中夜を過ごさないといけないのか・・・。と

 

でも、うちはおかしかった。

 

父親「小さいけどガソリンで動く発電機あるよ」

僕「は?」

父親「ライトもあるよ」

僕「は??」

父親「ガソリン40Lあるよ。保管しておいた。」

僕「酸化してない?」

父親「一ヶ月前のだから大丈夫」

僕「なんであんだよ」

 

うちは、意外と色々あったみたいだ。発電機は父が前働いていた会社がぶっ潰れたときに強奪してきたそうだ。日本では強奪は起きないという前言は撤回しよう(状況が違う)

 

というわけで、そんな発電機を外で起動し、電工ドラムで伸ばして(なんでそれもあるんだろうね)うちは明るくなった。まぁ一部屋だけだったが、安心感が違う。

 

夜6時、もう真っ暗だったが、晩ごはんにコンロで肉を焼いて炊いたご飯と、なんか余っていたスモークタンで質素ではあるが晩ごはん。

 

それを食べて、薬飲んで、僕にはまだ食べないといけないものが会って

アップルパイをちょっと前に購入していて、それがのこり3/4ホール残っていたので食べないと行けなかった。冷蔵庫は死んでいるから。

 

残り全部はむりなので半分だけ食べて1/4ホールだけ食べてもらった

 

ところで、うちはオール電化である。

ということは、電気が止まると、温かいお湯すら出ない。

もし、冬場の停電だったら、最強の地獄絵図だったであろう。

うちの地元は朝っぱら-25℃でダイヤモンドダストが起きるレベルで冷える日があるくらいだ。本当にいま時期でよかった。

 

お風呂、当然ためることはできないので、シャワーだけ。

まぁ、僕は明日も暇なので、とりあえずお湯もったいないし、入らないことにして、父親だけ入ることにしたのだが、なんかミスって最初水がシャワーから出てきたらしく断末魔のような叫びが聞こえてきた。結構笑った。

 

でも、もうやることはないし、一応発電機はあるけど、もったいないのでもう19時には布団に入った。

 

寝れない。だって昼寝もしたし。結局スマホ触ってて、寝たのは22時だった。

明日には電気が復活すると信じて・・・。

 

(長くなったので続く)