適応障害から復活した大学生のブログ

休学して、留年した大学生が綴るうつ病(本当は適応障害だった)の備忘録、自分の趣味について掘り下げて書いて自己満足するブログ。お金を稼ごうとか気持ちはないので、日記感覚で。

北海道地震停電体験録Day2&3

 9月7日

 

自分は、8時間もずーーーっと寝続けることができず、たまに起きる人間なのです。

 

だからいつも深夜3時位に一度目が覚めます。

上を見上げると、オレンジの豆電球はついてない。

ということは停電はまだ続いてる。

 

女子っぽいのかわからないが、自分は真っ暗で寝るのは苦手、だからオレンジの豆電球がほしい。でも付かない。寂しい。

 

そして夜は明けた。

 

やっぱり停電は続いているみたいだ。親は普通に仕事に行った。

自分は実家ではやることはないのでニートみたいにとりあえずずーーっとぼーっとしてた

スマホだってずっと見てるわけにはいかない。だって通信量だってあるしそもそもバッテリーが死んでしまう(後に通信量はauについては今月は無制限になるのだが)

 

そうなるとまじでやることがない。親が録りためたテレビも見れないわけだし。

ちょっと充電を犠牲にしてその日は確か全米テニスの準決勝、大坂なおみ対マディソン・キーズの試合をしていたはず。

 

ちょっとだけ見ていたが、やっぱり充電と通信量は気になるので、とりあえず映像は少しだけにして後はずっとアプリで結果を追跡してた。

 

全米テニスで大坂なおみ選手が優勝したが、一番の山場の試合はこのマディソン・キーズ戦と四回戦のサバレンカの試合だったなと思う。

 

正直、セリーナにはスーパーアウェーになるとは思ったが、勝てると思ってた。

 

結果、そのとおりになるのだが、

 

本題に戻ろう。

両親が帰ってきた。もう陽は完全に沈んでいた。

昨日と同様に発電機でライトをつけて晩ごはんを作ってた。

 

その日はオムライスだった。先日炊いた6合のご飯、さすがに翌日にはだめになってしまうので、チャーハンみたいにして温めて、卵も勿体ないということで結果こうなった。

 

うちでオムライスなんて食べた記憶はなかったが、簡単につくりあげてしまう「父親」が一番怖い。なんてすごい女子力を持つ50代後半の僕と全然違う色黒の父親なのだろうか。尊敬しかしないし、あまりにも元気だ。

 

ものすごいでかいオムライスだった。ケチャップがあったので、メイド喫茶ごっこをした。なんかサーバルでも書こうかと思ったが、画力がないので、やめた。

適当にぐちゃっとハートを描いて食べた。

 

後、僕がこの世で一番好きな味噌汁である「たもぎ茸と豆腐の味噌汁」もたっぷり作りおった。作り過ぎて、さすがに捨てるのは勿体ないということで自分がものすごい量の味噌汁を飲んだ。あまりにも停電が続いているとは思えない満足度が高すぎる晩ごはんだった。

 

その後、貴重なガソリンだって言ってるのに、地元の街にくりだした。

野次馬というか、変な家族だなって思いながら。町内をまわってどこが停電していてしていないのかをチェックに回った。

 

思いの外、停電していた。しかし傾向は一瞬で読めた

・でかい信号があるところの周りの住宅の電気はついている

・病院・お店・警察とその周りの住宅の電気もついている

・誰もみてねぇよ!と思われる電光掲示板が付いていて家族全員でブチ切れた

 

そして最後に空を見上げた。とんでもなく美しかった。周りが停電してるだけなのに。

天の川だって見えた。一眼は持ち込んでいたが、なんせ三脚を忘れてしまったので撮影はできなかったが、目には焼き付けた。あんな天の川、前前前世でも見たことない。君の名はってことね。

 

僕は東日本大震災の時「見上げてごらん夜の星を」ってコメントを見たことがあって、それで被災者が少しでも気持ちがよくなったという話を覚えていて、それを思い出したわけで。見たら本当にきれいだった。あんな夜空はもう次は山の上で見たい。もうこんな形で見ることがないことをただ祈るばかりだった。

 

帰宅したらもう21時。寝ることにしたが、なんせ当然のように昼寝くらいしかすることがなかったので、夜は眠れず、寝たのは23時くらいだったかな。

 

なんか「明日の朝には電気が付きそう」ということで、お風呂は明日の朝にすることにした。前述の通り、オール電化でお湯がもうぬるま湯だったので、頼むからこの夜で電気が回復で再沸騰してほしいと思ったからだ。

その願いは通じた。

 

そして24時6分だった。

電気が付いた。

 

その時の安心感は何者にも代えがたいものであった。

本当によかった・・・。この停電の時間は振り返るならば一瞬なのかもしれないが、とても長い時間だった。

 

そして、ひっそりと光るオレンジの豆電球を見ながら寝ることにした。

 

翌朝。

電気は戻っていた。ちょうどその日は全米テニスの男子準決勝の錦織圭ノバク・ジョコビッチ戦をしていたので、見ていた。

 

残念な結果ではあった、というかジョコが強すぎる。

 

そして、僕はつくばに戻る準備をした。

そのまま、飛行機も無事に飛んで帰ることができたわけだ。

 

この停電を振り返ると、停電というのは非常にメンタルに来るなというのを感じた。

そして改めて電気にどれほど我々が依存していて、自分の研究は電気に関係することであるから、このような現状を少しでも緩和できるような世界にしていきたいと本当に感じた。

 

ただ、一つだけ、政治的な話をしておきたい。

今回の停電、泊原子力発電所が稼働していれば停電は回避できたのでは?という話がある。たらればになるので真偽は定かではないが、その可能性は高いだろう。

 

個人的には理系の人間として原発の安全性は非常に高いものがあると思っており、稼働に賛成している。ただ「原発をすべて稼働した際のエネルギーをすべて代替できる発電手段でそれが原発よりも安全」というものが見つかったとき、僕はそれを推奨していく、つまり条件付き賛成である。

 

しかし現状は、代替エネルギーも見つかっていないのに、かの東日本大震災によって被災した福島第一原発を見て、民主党政権原子力規制委員会などというものをつくり、原発の稼働基準を極限まで困難にしている現状がある。

 

その稼働基準も「活断層があれば一発アウト」とかいうあまりにも絶望的な厳しさという。

 

それに泊原子力発電所も引っかかっており、稼働ができていない。

再三言われていることだが、福島第一原発は「地震」で死んだのではない「津波」で死んだのである。これまで地震大国とよばれる日本での原発の基準はとても高いものがあると思うし、「地震」に対しては抜群の耐久度を誇っていると思う。

 

だから、原子力規制委員会は「地震」よりも「津波」でだめというなら頷けるのだが、思いっきり内陸にある泊原子力発電所を規制するのは間違っているのではないかと思うわけだ。

 

そしてこの意見は今回の地震を通じて、改めて感じ、民主党政権があまりにも無能であった(というかすっから缶総理のせいだが)かを感じさせるものだ。

 

話がそれてしまったが。

 

最後に、本当に今回の地震で心配してくださった皆さんに本当に感謝します。

本当に本当にありがとうございました。

メンタルがやられているなか、皆さんの励ましは力になりました。

 

そして、その後実際にお会いした際、心配してくださる方が多く本当に嬉しく思っております。

 

結果から言わせていただきますと、2日間の停電により、冷凍していた食品が全て逝ってしまったので1万円分くらいは損害が出てしまいましたが、体調などにはなんの問題もありませんでした。

 

実際、北海道には根室・釧路側の活断層が、南海トラフレベルの超高確率で大型地震が来るという予想がされている。そうなると、我が家などは甚大な被害を受けると思う。

 

その時、どのような対策を講じるべきなのか、今あらためて自分を含め、考えるべきだなと感じた。

 

また、つくばにいても同様である。もし被災した際、どうすべきかを考える必要に来ているなと感じる。

 

長くなってしまったが、読んでいただき本当にありがとうございました。